フリー・フォント・ライセンスの現状

このところ、フリー・フォント・ライセンスを巡る動きが活発である。少し遡るが、Bitstream Veraライセンスが数年前に登場した。その後のほとんどのフリー・フォント・ライセンスが、その出発点に置くライセンスである。1月末にはSIL Internationalの一部門Non-Roman Script InitiativeがSIL Open Fontライセンスを発表し、続いて3月にはSTIXライセンスの新しい草案が発表される(フォントはベータ版が4月、最終版は6月の予定)。いずれもフリー・オープンソース・ソフトウェア(FOSS)コミュニティの助言を受けて書かれ、フォント・デザイナーの考え方とコミュニティの理念の両立を目指している。

こうしたフリー・フォント・ライセンスは、本当に設定する必要があるのだろうか。これらのライセンスはフォントの複写や変更を許容しているが、それならばフリーソフトウェアのライセンスも同じ。GNU Publicライセンスにはフォントに関する規定があり、Creative Commonsライセンスはさまざまなメディアに適用できる。ならば、フォント専用のライセンスを設けても、増え続けるフリー・オープンソース・ライセンスをさらに増やすだけだろう。

フリー・フォント・ライセンスの執筆者が異口同音に唱えるフォント専用ライセンスを必要とする理由は、フリー・オープンソース・コミュニティの発想からでは理解できない。その理由はデザインの世界における考え方の中にあるのだ。大概のプログラマも同じだが、フォント・デザイナーも自身をアーティスト、少なくとも熟練した職人だと考えている。しかし、プログラマとは異なり、彼らには何百年もの伝統があり、アートの世界からその一員として認められている。それが彼らの信念を支えているのである。

それ故にこそ、美的統一が、前記3つのライセンスの主たる目標とされているのである。これらのライセンスは派生作品を許容してはいるが、その場合は名称を変更しなければならないと定めている。たとえば、Bitstream VeraライセンスにはBitstreamとVeraという語を使うことができないと具体的に規定されている。これについて、SIL Open Fontライセンスの起草者の一人Victor Gaultneyは、次のように説明している。「デザイナーにとって、意に染まない派生作品を拒絶する権利を持つだけでは十分ではありません。自分が望まない限り、自身の名前(自分の作品であるフォントの名称)を語られることがないという保証が必要なのです」

Bitstreamで製品管理を担当するBob Thomasも同じ意見だ。そうした条件がなければ「同じ名称のフォントが何種類も出回ることになるでしょう。それらのフォントの間には整合性はないでしょうし、品質も高くないかもしれません」

デザインの世界で広く関心が持たれている問題の一つに、流通形態がある。同梱される場合や、専門でないサイトで個別に売られたり品質の悪いフォントと並べられ単独で販売されたりする場合がある。ライセンスでは、こうした点についても対策が講じられている。「私には思いもよらないことですが、私たちのフォント・コレクションを購入して、オンラインで再販したり無償で提供したりする人がなんと多いことか」(Thomas)

これを防ぐためライセンスにはフォントを単独で販売することを禁止する規定があり、プログラムに同梱して流通させることしかできない。しかし、ソフトウェアの開発者に言わせれば、この規定はきわめて容易に回避できそうだ。「Hello, World」スクリプトを同梱するだけで十分にこの条件を満たせると思われるからである。Debian Project LeaderのBranden Robinsonは、俳句のテキスト・ファイルでもいいのではないかと冗談を言う。さらに、FSFのGPL Compliance EngineerであるDavid Turnerは、FSFはSIL Open Fontライセンスのこうした制約に懸念を抱いていたが、そうした懸念が霧散してしまうほど回避は容易だとさえ言う。

それでも、フリー・フォント・ライセンスの起草者たちは、たとえザルであろうともそうした条件が必要であると口を揃える。「自分の作品が名称を変えられて単独で販売される可能性があるのなら、FLOSSライセンスの下で自作を提供しようと考えるプロのフォント・デザイナーは(いたとしても)きわめて少数でしょう」とGaultneyは言う。この条件がなければ、フリー・ライセンスのフォントが提供されることはなかったろう。

Bitstream Veraライセンス

Bitstream Veraライセンスは、BitstreamとGNOME FoundationのJim Gettysが交わした話を契機に生まれた。最初のディジタル・フォント工房を自認するBitstreamは、古くからGNU/Linuxに貢献してきた。1989年に、初期のフォント・レンダリング・エンジンの一つであるSpeedoフォント・ラスタライザのコードをリリースした。また、UnixとGNU/Linux向けのbtX2フォント・サブシステムも開発している。これは、Lycoris(後にMandrivaが買収)に採用され、少なくとも2つの商用ディストリビューションでフォントの同梱が検討された。

BitstreamのBob Thomasは、千年期が改まる頃のLinuxについて次のように述べている。「その頃に出回っていたフォントは品質がさほどよいものではなく、苦情が絶えませんでした。そこで、(新しいフォントを同梱すれば)コミュニティにとって有益であるし、コミュニティでの私たちの知名度も上がるだろうと考えたのです」

BitstreamはVerta書体のリリースを決定し、印刷技術開発を担当するJim Lyleが内作した。書体の愛好家の中にはマクロンなどのダイアクリティカル・マークが汚いとVeraを批判する向きもあるが、大概の用途では申し分のない出来であった。通常のストロークを持ち幅広なため識別性・可読性・視覚効果に優れ、ディスプレイでの使用に適していた。特に、等幅フォントはプログラマに人気が高いとThomasは言う。

BitstreamがリリースしているVeraフォントは、Vera SansとVera MonoのRoman、Oblique、Bold、Oblique Boldと、Vera SerifのRomanとBold、計10種である。

2003年4月16日にライセンス提供が開始されたが、そのライセンスは30行ほど――そのおよそ半分を無保証であることを告知する通例の免責条項が占める――というきわめて簡潔なもので、フォント単独での販売と修正版の同名でのリリースを禁じていた。最初に採用したGNOMEに続いて、Open Source Initiativeもすぐにこのフォントとライセンスを受け入れた。だが、debian-legalメーリングリストでは、この新しいライセンスを巡って論戦が続いた。Thomasによれば、フォント専用ライセンスの必要性に最初に疑問を投じたのはRichard Stallmanだったという。しかし、ライセンスの最終版はさしたる困難もなくFOSSコミュニティに受け入れられ、今ではGNU/Linuxディストリビューションに広く普及している。

Thomasは、このライセンスが受け入れられたのはJim Gettysに負うところが大きいと言う。コミュニティとの調整の際は「Jim Gettysが取りまとめてくれ、とても助かりました」

Bitstreamでは、現在、タイ語と中欧諸語で使われる文字のVeraフォントの準備が進んでいる。Thomasによると、今後、東欧諸語、ギリシャ語、トルコ語のフォントもリリースされるが、おそらくはウェイトは1種類だけになる。新しいフォントも同じライセンスでリリースするが、ほかのフォントにもこのライセンスを適用するかどうかは決まっていないという。

Bitstream Veraライセンスは、現在、Veraから派生したBeraなど、多くのフリー・フォントにも使われており、今もフリー・フォント・ライセンスを考える際の基点となっている。

STIXライセンス

STIXは科学技術向けに包括的なUnicodeフォントを作成することを目的とするプロジェクトである。Institute of Electrical and Electronics Engineering、American Institute of Physics、American Chemical Society、American Mathematical Society、American Physical Societyなど、広範な科学技術系団体や出版社が支援している。サイトでは開発者を募っているが、2000年以降フォントに関するほとんどの作業はTeX技術の専門企業MicroPressに委託されている。

このプロジェクトはかなり長期にわたるが、これはSTIXの提案書がUnicode書式表の一部として承認される必要があり、また、グリフ(文字)の数が膨大――具体的には8,064種――なためである。フォントの第1段階の作業は2月末に完了する予定である。STIXのメンバー以外は利用できないが、Webサイトの説明によれば、ほとんどのグリフはTimes書体と並べて使えるようにデザインされており、一部のグリフには、サンセリフ、等幅、フラクトゥール(German Black Letter)、筆記体、飾り文字も用意されるという。

ライセンスについては、American Physical SocietyのPaul Dlugが助言をしており、検討の過程でGNU General Public License、BSD License、Bitstream Veraライセンスなど、ソフトウェア・ライセンスとフォント・ライセンスの両方を調査したという。ライセンスは早い段階でSTIXのサイトに開示され、現在、改訂作業が進んでいる。この公聴過程でライセンスが変わるかどうかを尋ねると、Dlugは「もちろんです」と答えた。

このライセンスが持つ特徴の一つは、フォントの変更に関する制限からファイル形式の変更――たとえば、TrueTypeからPostscriptへ――が明確に除外されていることだ。ファイル形式には人それぞれの好みがあり、こうした変換は日常茶飯だからである。また、こうした変換は不完全であり、意図せざる変化が生ずることがよくあるとはっきり認識しているからでもある。

STIXライセンスの公開草案に大きく影響した要因が2つある。当初のグリフの約3分の1は既存のものであり、そのほとんどは――全部ではないが――MicroPressの所有だった。このため、グリフの追加は認めたが、既存グリフの編集は禁じていた。さらに、プロジェクトに関わっている多くの団体が非営利であるため、広告での言及を禁じた。

問題は、こうした制約が最終草案に残った場合FOSSコミュニティにとって受け入れがたいものになるだろうということだ。変更が制約されているため、「このライセンスはフリーではありません」とDavid Turnerは言う。ライセンス問題に詳しいDebianの開発者Don Armstrongも、Debian Free Software Guidelines(DFSG)の規定と比較した上で同じ意見を述べ、派生作品の名称に関する制約にも「疑義がある」と言う。debian-legalメーリングリスト上で交わされた最近の議論を見ると、Debian開発者の多くも同じ見解のようだ。

STIXプロジェクトのリーダー、American Institute of PhysicsのTim Ingoldsbyは、最終版はフリー・ライセンスにしたいと言う。Dlugも同様で、「重たいフォント・ライセンスを作るのは不合理です」と言う。しかし、その願いとSTIXの制約を両立させるのは簡単ではない。

SIL Open Fontライセンス

SIL Internationalは、識字や少数言語の調査と保存などを目的とする人道団体だ。コラボレーションを是として掲げるSILは、消滅の危機にさらされている言語の保存を支援するUNESCOのプロジェクトProject B@belを強く支持している。活動の一環としてフォントの開発を支援しており、Doulos SIL、Charis SIL、GentiumなどのUnicode準拠のフォントがある。いずれも、最近、NewsForgeで閲覧可能になっている。また、フォントの開発だけでなく、そのフォントを利用するためのツールの開発にも関わっている。キーボードへの複雑な割り付け作業を容易にするツールKeyboard Mapping For Linux(KMFL)、Unicodeテキスト・レンダリングのためのクロスプラットフォーム・ライブラリGraphiteなどがある。そして、SIL Open Fontライセンス(OFL)を定めたのもこの団体である。

OFLはここ数年を費やして書き上げられたライセンスで、非政府組織のコラボレーティブ・モデルなどを研究している大学に属するSILのボランティアNicolas Spalingerと、SILの書体デザイナーVictor Gaultneyが起草した。SpalingerはBitstream Vera Licenceに敬意を表して、それが「創造の源泉」になったと言うが、長さはかなり長く、内容もより具体的になっている。たとえば、フォントをPDFなどの形式に埋め込むことが明示的に許容されている。このような場合、実際に埋め込まれるのはその文書で使われているグリフだけである。これは本記事で取り上げた3つのライセンスのいずれもが関心を寄せる問題だが、ほかの2つのライセンスには具体的な言及はない。

SpalingerとGaultneyは、当初からFOSSコミュニティにも受け入れられるライセンスにしようと努めてきた。OFLのメインページには、このライセンスがFSFにもDebianにも受け入れられるはずだという起草者たちの考えが縷々説明されている。彼らは、FSF、GNOME、Software Freedom Law Centerに相談し、debian-legalメーリングリストにも意見を求めている。

1月末、FSFはこうした活動を認め、OFLを公認ライセンスとして登載した。また、Spalinger言うところのSILのソリューション「スタック」――OFLフォント、KMFL、Graphite――がUbuntuのDapper Drakeリリースに同梱されることになった。しかし、Debianでは、今も、このライセンスの評価を巡って議論が続く。Armstrongは、OFLが派生作品の名称に明確な制限を設けていることはDFSGに抵触する、またOFLの下でリリースされたフォントの版すべてに同じライセンスの適用を求めるのはGPLに反すると考えている。議論はまだ続いているが、この問題が解決しない限り、OFLを「誰もが使える汎用ライセンス」にするというGaultneyの望みが完全に実現することはないだろう。

高まるフリー・フォント・ライセンスの必要性

こうしたフォント・ライセンスのどれが残るかは予断を許さない。初期のライセンスArphic Public LicenseはFSFに認定されたが、登場が早すぎたためか、今もほとんど知られていない。これまでのところ、Bitstream Vera Licenceが最も広く受け入れられていると思われる。おそらく、その簡潔さがさまざまな解釈を許すからだろう。しかし、STIXライセンスやOFLの改訂版が全FOSSコミュニティで等しく受け入れられる可能性も残る。

一方、こうした新しいライセンスの登場は、これまでとは違う使い方をする新たな利用者がフリー・オペレーティング・システムに目を向け始めていることを示すものでもある。Gaultneyは次のように述べている。

フォントはアート/ソフトウェアの中でもちょっと変わっています。インタフェースを持つソフトウェア・ルーチンの集まりでもなく、写真やグラフィックスでもありません。フォントはそれらの中間に位置しており、ソフトウェアや写真に用いられるモデルではうまく扱うことはできません。ですから、FLOSSの世界には高品質のフォントが少なかったのです。

こうした状況が変わるかどうかは、ひとえに、受け入れ可能なライセンスを作り出せるかどうかにかかっている。

Bruce Byfieldは、研修コースの開発者でありインストラクター。コンピュータ・ジャーナリストでもあり、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalの常連。

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